池田大作の死に顔は“成仏の相”を示したのか!?

創価学会名誉会長・池田大作が令和5年11月15日に死去。

創価学会ホームページ上の池田大作死去の報道

令和5年11月18日といえば「創価学会創立記念日」という創価学会にとっては“たいへんめでたい日”。この日に次のように、創価学会ホームページで、池田大作の死去の報道がありました。

 創価学会の池田大作名誉会長は、2023年11月15日夜、新宿区の居宅で老衰のため、逝去いたしました。享年95歳。
 近親者のみで家族葬を行いました。お別れの会を別途、日時を改めて開催する予定です。

創価学会ホームページ

池田大作の立場は“私人”ではなく“公人”では? なぜ葬儀が〝家族葬〟!?

 75万世帯の会員数を築いた戸田城聖第二代会長の後を継いで、1960年5月3日に第三代会長に就任。約20年にわたる在任中に、75万世帯の十倍以上の会員数を築き、創価学会の飛躍的・国際的な発展をもたらした大功労者であり、現・政権与党の公明党の創立者でもあります。その立場は“私人”ではなく“公人”ではないでしょうか。その葬儀は、故・安倍総理の“国葬”規模というほどでないにしても、創価学会葬として執り行うのが、しかるべき事で、全国の多数の会員が納得する手段ではなかったのではないでしょうか。なぜ、こじんまりとした〝家族葬〟で営まれたのでしょうか?

全会員に“成仏の相”を見せるのが、池田大作の“最後の指導”のはず

 創価仏法を信仰すれば、「色白で、半眼半口、体は柔らかく、軽い」という成仏の現証を得られるということを、池田センセーが自らの死に際し、実証することが、池田センセーの“最後の指導”であったはずです。
 多くの会員に池田大作の死に顔を見せることなく、ごくわずかな家族だけの葬儀を行った理由は?
 そのような声が全国の会員から聞こえてくるような気がします。

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